神の使者から奇跡の道へ その19~絶対的真実を早く体験する方法を見つける

「絶対的真実を早く体験する方法を見つける」

チベットの密教の修行僧は常に楽しそうで
常に「在る」状態と聞きます。
そうじゃない方もいらっしゃるでしょうけれど。

「絶対的真実」ってのが最初の問題ですね。
まず求めなければ。
今の現実に見ている世界を絶対的な真実だと
思われているのだったら、遠い世界観になるようです。
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神の使者から奇跡の道へ その20~出会う人々、あなたを思う人々・・・

「出会う人々、あなたを思う人々までもが平安を
共にするならすでに神」

「神」とはなんなのでしょうか。
人はあるのかないのかもわかりませんが、
「神」という言葉を使うことだけは真実ですね。

「神も仏もあるものか。!」と目の前に起きる
出来事の不幸につい思ってしまうこともあるのでしょう。
最近はこの世の現象に不安がいっぱいで、
神社に行って、あるかないかわからない「神」に
願ったり感謝したりするお人も多いです。
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神の使者から奇跡の道へ その21~あなたが知覚するものが・・・

「あなたの知覚するものがあなたを憤慨させるなら、
あなたは自分自身に憤慨しているのである」

あまりきれいな話でなくて恐縮ですが・・・。

朝、フレブルのポムちゃんを散歩に
連れていく役目があります。

12月、こんな状況でも飲み会が多いらしく
時節柄街路の植込み近くに「ゲロ」が散見されます。
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神の使者から奇跡の道へ その23~「最後の審判」とは・・

「最後の審判」とは「最後の癒し」

こわー~~い。
「最後の審判」と聞きますと、人間として
全くダメなことばっかりしている自分なんて、
大掃除されるんだろうかと思っちゃいますね。(笑)

ですけど本来この世に善悪なんてないと
説かれていて、善悪を判断するのはこの世的な
裁きの世界観ですね。
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神の使者から奇跡の道へ その24~赦しは幻想の世界では・・

「赦しは幻想の世界では唯一真実と繋がるもの」

世界が幻想だとは思えないならば
自我を手放していないことになりますね。
やっかいな自我ですので、この世界では
手放していない人はひとりもいないですね。

この世界では全員が「病気」と飯島さんも
おっしゃっています。
そのとおり。トホホです。
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神の使者から奇跡の道へ その25~休息は眠ることでなく・・・

「休息は眠ることでなく、目覚めることからやってくる」

息をしていると、人間は一日3万くらいの
案件を決断しながら生かされているとか。

黙想する時でも、じゃんじゃんと想念が
湧き上がってきます。

これじゃ眠ることが休息と感じますね。
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神の使者から奇跡の道へ その26~自分自身を愛のない存在として・・・

「自分自身を愛のない存在として見ることを
選ぶなら、あなたは幸せにならない」

「愛」というとなんか恥ずかし。
大和の国の人たちにとっては「慈悲」のほうが
しっくりするかもしれません。
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