われわれ人間というものは、すべて自分に対して必然的にあたえられた事柄に対しては、そこに好悪の感情を交えないで、素直にこれを受け容れるところに、心の根本態度が確立すると思うのであります、否、われわれは、かく自己に対して必然的にあたえられた事柄については、一人好悪の感情をもって対しないのみか、さらに一歩をすすめて、これを「天命」として謹んでお受けをするということが大切だと思うのです。同時にかくしてはじめてわれわれは、真に絶対的態度に立つことが出来ると思うのです。
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わたしの考えでは、われわれ人間は、自分がここに人間として生をうけたこに対して、多少なりとも感謝の念の起きない間は、真に人生を生きるものとは言い難いと思うのです。実際この地上の生物の数は、人間のそれと比べていかに多いか、実に測りがたいことであります。しかもお互いにそれらの何かでもなくて、ここに人間としての「生」を与えられたわけですが、しかもそれが、何らわが力によらないことに思い及べば、何人も享け難い人身を受けたことに対して、しみじみと感謝のこころが湧き出るはずであります。
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われわれは、平素自分が受けている恩恵については、その程度の深いものほど、かえって容易に気づき難いのが常であります。それはちょうどわが顔は、自分に最も近いにも拘わらず、あまりの近さの故に、かえって平生それと気づかずにいるのと同様だといえましょう。