森 信三 運命をひらく 365の金言 34 「真の誠」

真の誠

 真実の道は、一体いかにして興るものでしょうか。それには、「自分が道をひらくのだ」というような一切の野心やはからいが消え去って、このわが身わが心の一切を、現在自分が当面しているつとめに向かって捧げ切る「誠」によってのみ、開かれるのであります。

 が同時にそれだけに、この誠の境地には容易に至りがたく、実に至難なことだと思うのです。と申すのも、お互い人間の誠には、「もうこれでよい」ということはないからです。すなわち、「もうこれくらいならよかろう」
と腰を下ろしたんでは、真の誠ではないからです。真の誠とは、その時その時の自己の「精一杯」を尽くしながら、しかも常にその足らざることを嘆くものでなくてはならぬからです。

再録 奇跡の道 その70~肉体は赦すことはできない

「肉体は赦すことはできない」

そうですね。
肉体は決心できませんね。
あたりまえですが。

すべては人間の最大の能力である
自由な心で決めるんですよね。
そしてだれでもが持っている自由な心。
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森 信三 運命をひらく 365の金言 33 「牛にひかれて」

牛にひかれて

人間誰しも始めのうちは、牛にひかれて
善光寺詣りなり。
師にひかれ、朋友にひかれて、
お義理に修行の緒につく者多し。
故にまたかかる縁をつくり、
牛を見付けるよう心掛くべきなり。
同時にそのさい、牛はすべからく日本一の
でっかい牛が良し。