再録 奇跡の道 その28~もし兄弟たちがあなたの一部であり・・・

「もし兄弟たちがあなたの一部であり、その彼らを
あなたが自分の剥奪感のゆえに責めるなら、
あなたは自分自身を責めることになる」

誰もすべての人を兄弟とは思えないかも
知れませんね。
誰をも非難しないどころか、一日の中で
何度他の人を裁いていることでしょう。
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ラマナ・マハルシの教え「私は誰か」 2・3・4

2・私がこれらのものでないなら、私は誰でしょうか?

今述べたことのすべてを「これではない」、
「これではない」と否定し去った後に、
ただひとつ残る自覚、それが私である。
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再録 奇跡の道 その29~あなたに見えるすべては・・・

「あなたに見えるすべては、あなたが内側に見たものについての判断の証し」

デスクの上の煩雑さを見るにつけ、
心の中の煩雑さを見ます。

激しい人の姿を見るにつけ、
心の中の激しさを知ります。

腹の立つ人を目の前にすると、
何かに怒っている心の状態を知ります。
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ラマナ・マハルシの教え「私は誰か」 8 心の本性とはなんでしょうか?

8・心の本性とはなんでしょうか?

 いわゆる「心」と呼ばれているものは、
自己の内に住んでいる驚くべき力である。
心はすべての想いが起こってくる源である。
想いを離れて心はない。
それゆえ想いが心の本性である。
想いなくして、世界と呼ばれる独立した実体はない。

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再録 奇跡の道 その30~あなたは自分が望んでいないものを・・

「あなたは自分が望んでいないものを投影していると
思っているときでも、その理由は、あなたがわずかに
それを望んでいるから。
愛だけを望むとき、あなたはそれ以外になにも見えない」

自分を憤慨させるものが目の前に現れると、
そしてそれが相手のものだと、あなたが知覚する時、
憤慨させるものを、自分の心の中から引き抜けばいい。
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ラマナ・マハルシの教え「私は誰か」 9 心の本性を知るにはどのような道があるのでしょうか?

9・心の本性を知るにはどのような道があるのでしょうか?

 この身体の内に「私」として立ち現れるものが心である。
自分の身体の内のどこに、まず「私」という想いが
現れるか調べてみると、それは自分のハートであることが
知られるだろう。
そこが心の起源の宿る場所である。
人が絶えず「私」「私」と考えていると、
いつしかその想いはハートに集められてゆくだろう。
心の内に現れる、すべての想いの中の最初のものは
「私」という想いである。
他の想いはその後にやってくる。
第二第三の代名詞が現れるのは、最初の個人代名詞が
現れた後のことである。最初の個人代名詞なしには、
第二第三のものはありえないだろう。

再録 奇跡の道 その31~もし「法外」と言えるような何かを・・

「もし法外と言えるような何かを兄弟が
あなたに求めるなら、それが重要でないからこそ、
それをしてあげなさい」

法外なことさえも。?とすぐに疑問符の
方も多いことでしょう。
さらにイエスは「1000円欲しいと言ったら
2000円上げなさい。」さらに「一緒に100歩歩こうと
言われたら200歩一緒に歩きなさい。」とも言ってますね。

一体全体何。!
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