「判断はできないのだと知りなさい」 映画 ジェシカを見て

「判断はできないのだと知りなさい」

何か理解が難しいような言葉ですね。

いつもいつも何かを判断して生かされる私たち。
何故判断は出来ないことを知ることが真理だと
いうのでしょうか。

そして湧き上がる感情もまた奥底に眠る
判断がもたらしているのでしょうか。
好きか嫌いかも。

善悪、損得、危険安全などなどが各自が
生かされた環境から獲得した判断する基準ですね。

それから感動も判断して与えられるものではありません。
もちろん感激も霊性の震えも判断して
出来るものでもない。

「イワンのバカ」でのイワンは何かを
判断することが出来ません。
ですからなんでも「ハイ」です。

それからパウロの「全ての人の奴隷になりなさい」も
また同じように判断することはできないことを
教えています。

何故。?

目の前に起きることのすべてを外から来たのか
それとも自らが導いたことなのか、そのことが
どうも分かれ道になる気がします。
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二度とない人生だから R3 8/18

森信三先生の「人生 二度なし」の言葉。

「一度きりの人生だから・・・」

人生についての言葉はいろいろですね。

ですが、たくさんの道程を歩んできますと、
決して人生(人の生)は一度きりではないと
しみじみと感じる瞬間がたくさんあります。

でも確かに同じ人生はなく、今生はただの一回きり。
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いのちの刻印 R3 8/9

8月9日 この肉体が遣わされた日です。

この日はこの国の人々にとってはとても記憶に残る日。
長崎の原爆記念日です。

そして6日は広島のその日。

「ふるさとの街やかれ

身よりの骨うめし焼土(やけつち)に

今は白い花咲く

ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を

われらの街に

・・・・・」

オリンピックの閉会は昨日8日でした。
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「飛んでった種」 アカペラコンサートから鏑射寺へ 2 R3 7/27

翌日、令和3年7月22日にほぼ15年ぶりに参詣いたしました。

名古屋からは7名が参加しています。
目的は鏑射寺の毎月22日に行われる
「護摩焚き」と中村公隆山主の講話を聴き
さらに15年ぶりのお出会いとなる金沢の
Yさんにお会いすることでした。
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「飛んでった種」 アカペラコンサートから鏑射寺へ 1 R3 7/26

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きっと運命の母娘と申し上げてもいいような
仲睦まじいNさんたち母娘が名古屋を訪問くださってから
1か月近くがたとうとしていました。

「行きます!コンサート」と宣言した7月21日が
来ました。
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