おそれ

おそれがあることや欲望があることは
自分を肉体だと思っているから。

2歳までのあかちゃんはどうでしょう。
やりたい放題で、親が見ていてあぶないと
思うと叱ったり取り上げたり排除したり。

あかちゃんはもちろん危ないとは思っていない。
だからするのでしょう。
それどころか危ないという認識がない。
ということは自分というものができていないのでしょうか。

でもなぜか大人が手を差し伸べると、引く人や
すぐ抱かれる人を選別します。
何故。?

あかちゃんにはわかるのでしょうか。
分離感のある人と少ない人が。

自分におそれがある人、そして欲望がある人は
もしかして分離感が強い人。?

でも7歳までに、これはこう、あれはこうと
様々な知恵がついて次第に個が出来上がってきます。

だから「7歳まで子を預けてもらったら
完璧に仕上げます」とある宗教界の弁。

それほどまでに固まってしまう思考というもの。

分離感をかぶって歩く大人たち。
これは自分の物。
あれは他人の物。

自分の物ってあるんでしょうか。

他人のためにって
自分のためにかも。

だって自他一体。
一体全体。
元一つ。

あなたは私ですから。

家 族

昨夜は地域のおまつりの行事についての
相談の集いがあった。
神社の社務所での集い。

山車に携わるお世話役の方々が11名ほど。

同日に名古屋まつりの中止の記事が新聞掲載された。
話題はお祭りをするかしないかだが、
それよりも今のコロナについての話題が満載。

相当の不安がみなさんから漂う。
「こわい」という恐れがみなぎる。
早くワクチンができれば安心だと、口々に・・・。

会が終了して、お一人が持っている消毒用の
ジェルをみなさんにやさしい気配りをされる。

長老のお一人が「おれはいい」とやんわりお断り。
「俺は存在がすでにばい菌だから」とジョークで切り返す。(笑)
ずっとマスクをつけたことがないと・・・。

長老は大人物だなと、改めて感心しきり。

若夫婦の家族。
子供は二人,まだ幼い。
幼い子供の体や将来を思い、
お嫁さんは懸命に今の真実をさぐる。

旦那さんは会社という組織で一人でもコロナ患者が
出ることを極端に恐れる。
お嫁さんは子供にワクチンは絶対にダメと、
あらゆる情報からそのように判断していて、
譲らない。

当然に二人は相反する意見となり、
互いに言い合うことになる。

旦那さんが言う

「もし会社の命令で家族や関係する人が
全員ワクチンを打たなければならないと
命令が来たら・・・俺は会社をやめるから。・・」

家族は絆が生命だ。

日曜日  伊路波村の記事のあらまし

皆さまへ

自分の人生を幼いころから書き綴った
ある道のり」でした。

今読んでも,何と激しい人生だったか、
よく乗りきって来られたと感慨でいっぱいになります。

人生で若いころから生活の中心となった実の母と
長女のことがいつも心に浮かびます。
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随想 伊路波村から4~いらないものを捨てていくと

あれはこうして
これはこうして
こんな時はこの方法で


あそこが悪かったら ここで治すことを教えて
これがおいしいし 健康にいいし
からだにいい洗剤とか 悪い洗剤とか
よい化粧品とか 悪い化粧品とか


玄米とか 肉食とか
養殖とか 天然とか


農薬とか無農薬とか
西洋医学とか東洋医学とか
スピリチュアルとかフィジカルとか


とにかく全部 ほかして
目の前のことを いつも喜んで やって


水と空気とすこしの食べ物と
雨の降らない家と
寒くない服とが あって


助け合う家族と
挨拶しあう 会社仲間と


なるべく高く買ってくださる お客様と(笑)
黙っていても一緒にいたい友達が少しいれば


そんなふうな人生が いいです。

随想 伊路波村から5~悲しみのアンブレラ

ジンときました・・・・。
悲しみのアンブレラ 


雨が降り続いてる うだるような暑さも


あやふやのまま終わりにした 君と僕に似てるよ


生乾きで着た服は 湿っぽくて嫌だな


穏やかな顔して飲み込んだ 想いが今頃 溶け出した


雨音の中に潜んだ 君を辿る


今更 遅いけど


アジサイの花のように 雨の中にいても


綺麗な夢を咲かせられる 僕で在りたかったのになぁ


雨粒に紛れて 涙がこぼれ堕ちる


いつか君に 会えるといいな また


悲しみのアンブレラ 涙のせていくよ


この雨が止む頃に 僕の中の雨も


晴れ上がると信じて


水たまりを見つめてた 淋しさを映して


本当のことが言えたなら いつまでも君といたかった


雨雲が僕を包んで 夢を降らす


滴の中の君を求めていく


悲しみのアンブレラ 涙のせていくよ


傘の柄の君の名を 指でなぞりながら


潤む声で叫んだ


美しい空に架かる 虹が見える 幻じゃなく


でも 僕の心は 切なさで 濁ったまま


歩き出せずに 雨の中 悶えているよ


悲しみのアンブレラ 傘越しに見える空


悲しみのアンブレラ 涙のせていくよ


この雨が止む頃に 僕の中の雨も 晴れ上がって


君に また会えると 信じて

随想 伊路波村から6~ほんとうは無料

水 空気 エネルギー


生かされることに 基本的に必要なものは
みな ほんとは無料。


キレイな水 きれいな空気 を得ようとすると有料。


エネルギーたるや インフラをがっちり握った人々が
50
年を超えて 供給してきた。


そして今 情報の世界では そのインフラを握った人々の
線や無線の供給で 通信費は莫大な額となった。


しかしこの通信費なるものも テレパシー能力が
人間に開花すれば 無料となる。(笑)


そして人間の目指す方向がかわれば なおそのことは加速する。
太陽や 空気や海や 供給してくださる自然から
エネルギーをいただければ これは無料。


もともと支配が生み出した現実は
消えてゆく姿だろうか。


土地持ちの家庭に生まれた人は
生まれたてから 生きる条件が整っている。


何も持たない家に生まれた人は
土地や家をもつことだけに人生の大半をかける。


持たなくても 維持することだけにと言ってもいいかもしれない。
働き続ける宿命を背負う。


そしてなるべく他人との関わりの少ない人生を選択する。
消耗を防ぐため。?


人間は一人では生きられない。
寄り添って 群れあって生きる動物だ。
そして人との接触によって 変化を生み出し
創造と実践の喜びを知る。


変化と感動は 生きる糧。


慈悲喜捨は生きるエネルギー。


そして 感謝はすべて。