8年目の年

「子供たちがね、喜んで暮らせる世の中にしたいよね。」
ラーメン木村さんが8年前、テレコムあいちの設立に
際して発言した言葉だ。
もうあれから8年目を迎える。
インターネット電話事業を経済的基盤にして、
素敵な世の中を仲間どうしで創造しようという
放送局をめざして僕らは船出したのだが。

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最後のメール

本日イントラネッツ伊路波村に村びと登録してみえる
方々にむけて最後の伊路波だよりを発信した。
そのメールは「お役立ちねっと」登録のご案内だった。
智慧である放送局はまだできていない。(天)
意識のつながったネットワークはまがりくねりながらも
素敵な人々との全国的なネットに発展した。(人)
そしてかけていた地に足のついた実践のお仕事ネットが
今回の呼びかけだった。(地)

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ルーツに感謝

nakanisi

11月20日、大阪の「健康と環境」のイネイト講演会に
参加する前に、ある場所に立ち寄った。
それは宝塚の山の手にある大林寺というお寺。
この5月につぶやき「自分への手紙」に書かせていただいた、実の父親の父親、つまり
祖父のお墓がある場所がその大林寺。
遺産相続の遺言確認に大阪家庭裁判所に出向いた日、
初めてお会いしたSさんという女性(いとこ)にお聞きした場所で、
おじいちゃんの墓参が目的だった。

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「ここまで来ると」

全国2000万がブロード(広帯域)の通信環境に
なったので、各地の動画放送局はまさに
花盛り。
でもどこの放送局を見ても、映画やドラマ、スポーツ、アイドル、
旅、グルメ、生活、エログロ、ニュースなどなどばかり。
そして都道府県の放送局はもっぱら地域のニュースを流すもの。
「コンテンツ」と「ネットワーク」がお金に変わる価値となると
聞いて、そのとうりと思ったのだが、出現してこない。
どうもそのはずだ。
そんなにいないんだね、そんな人々。(笑)
たいがいは、放送局の会員を増やすことにより、
ビジネスモデルを確立するという意図が見える。

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「許すこと」   

気になる課題がみつかると、
言うべきか、言わざるべきか、
まだ迷う自分がいる。
言うなんてこと・・・、そんなに立派じゃない自分も
知っている。
それで気になりながらも、黙して語らない
自分流を通していると、夢にそのことがでてくる。
最近2度ほどそんな夢を見た。

しかしおかしいことに、そんな夢を見た翌朝、
そんなにひろくない会社の中で、みんながそのことの原因に
ついて話しあっている。
そしてこちらの堅い心は、やわらかくなるのだった。
そうさね、人間だもの、わざとするわけがない。
みんなが話し合うようにっていう、お告げかな。(笑)

自分の意にそぐわないところに出かけることがある。
まだ「義理」っていう守り感情が残っている。
そしてヤッパリ意にそぐわないことを見たり聴いたりする。
それで黙っていればいいのに、グチのように
口から言葉が出てくる。
そんな時いのちに恥ずかしい。
それよりまだそのことを望んでいる自分がいることを、
ただ知ればいいのに。

いろんなシーンを与えていただいて、意識のゆがみが
体に出てくる。からだにすまないと思う。
もしそれが自分からのものでなくて、
さまざまな人やものの集合意識が原因だとしたら、
それをかぶる自分がまだまだと感じる。

解放。
捨てよう、認めよう。
どんどん、どんどん生まれてくるものたちを、
許そう。

それしかできないから。

愛の実践ってなんだろう

他人様には決して言えない、みっともないことばかりして
生きてきた。だから他人様のことを、これっぽちも言えないはずなのに
言ってしまう、情けない自分です。

決して他言できないことを、一生身に携えて
生きていって、死んでいく多くの人々、というか
ほとんどの人々の荷物を、これっぽちも軽くして
あげることなんかできないことに気づきます。

まのーんが書いていた・・・、
「神との対話」を読んでも、九州のA喫茶に行っても、
滋賀のA村に行っても、プライナスで様々な体験をしても、感動した反面、実は本気で思ったのが、
「もう、やることひとつしかねえじゃん!!」
であった。
結局、愛を表現して生きてくしかないのだ。
ああ、それか・・・・。
やはりそれをやるしかないのか・・・。
たとえ技術や情報やスタイルや方便にどれだけ卓越しようと、
行為のはじめと終わりと最中に愛が満ちてないともうなにも味わえないのである。
・・・・・・・
・・・・・・・
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愛の実践ってなんだろう。

日曜日、親戚のお墓を家族で訪ねた。
明治時代のの古い古いお墓を、
娘が、息子がタオルできれいにした。
お線香の煙の遠くから、先祖が近寄ってくる。
あの喜びが広がる。
待っていた人々。
その時ちょうどの家族の集い。
その日がちゃんとある。

韓国ドラマ「秋の童話」に嵌った。
全15話。山口百恵さんの「赤いシリーズ」の
模写ドラマだが、しだいに引き込まれていった。
一度も泣けないままに終わるのかなって
思ったけれど、14話で初めて大泣きした。
どんなこと。?
なるべくみんなのために自分を犠牲にした、
主人公の男性が本当のことばを相手に
告げる場面だ。
「サラゲ!! ウンソ!!」(愛してる ウンソ)の絶叫は
、「蝉時雨」で幾十年ののち想いを遂げた主人公の
心に通じているのだろうか。まったく状況は異なるけれど。
「オールイン」「チャングムの誓い」「秋の童話」と
ずいぶんの時間を純愛に捧げたつもり。(笑)
できないから、感じるんだろうか。

生きている限り、情念や業想念からの縛りから抜け出ることは
できないのかも知れない。
でも人は必死に抜け出ることを求める。
すべては、みずからの執着から生まれでたものだろうか。
なるべくは流れる映像のようにこの世を見つめる
観客でありたい。

タカオの話から
四苦八苦 4*9=36 8*9=72
36+72=108 ?(笑)

「ハグ」

今朝4時30分、貴央の出勤より少し後で
家を出ようとすると、まだパソコンの前で
起きていたマミが玄関迄出てきてくれて、
「ハグ」してくれた。
めずらしいので、ビックリした。
嬉しかった。
なにか感じることがあったのだろう。
ママは寝床だった。(笑)
10時に家に戻ったら、マミがおじいちゃんとおばあちゃんと
話し合って、涙ぐんでいた。
僕も泣けてきた。
立派になったと思う。
親ばかでいい。
ありがとうございます