現状の理由

大正二年(1913年)3月4日、ウッドロウ ウイルソンが
第28代アメリカ大統領に就任しました。

その時ウイルソン大統領は後悔の言葉を述べています。

「私は一番不幸な人間です。私はうっかりして私の国を
滅亡させてしまいました。

大きな産業国家はその国自身クレジットシステムに
よって管理されています。私たちのクレジットシステムは
一点に集結してしまいました。
従って国家の成長と私たちの
すべての活動はほんの僅かの人たちの手にあります。
私たちは文明化した世界においての支配された政治、
ほとんど完全に管理された最悪の統治の国に陥った。

もはや自由な意見による政府、信念による政府、大多数の
投票による政府はありません。

小さなグループの支配者によって拘束される政府になりました。」

そしてそのアメリカの手下となって今に至る日本です。

君臣すなわち臣君の世の、この国のなりたちこそ
おおみこころとおおみたからの統合となるのでしょうか。

世界の光となりますように。

随想 伊路波村から47~ジャストナウ

土木研究室を卒業する学生3人にむけての
研究室教授のはなむけの言葉です。

「ジャスト ナウ」

なんでも判断しないで、人に言われたことは「すぐに」しなさいとの
教えでした。

全国に散らばった3人の学生は後に、一人は国立大学の
教授、一人は東証一部上場会社の取締役に
そして一人は小さな企業の経営者にとなりました。
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随想 伊路波村から48~縁

縁って、お人とだけでなく、本や、もの、場所など
たくさんの縁があります。

すべては自分の人生を彩る、天からの霊(言)だと
知るとき、人生がすばらしく明るく輝くのでしょうか。

あまり本というものが好きでなくて、というより余裕がなくて
たくさんを読みましたとはとてもいえない私です。

ただ多感な(そんな時もありました)頃の10代後半から
20代前半には、アルバイトなどで少し余裕が出たことも
ありまして、いろんな本を読みました。
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随想 伊路波村から49~今

今、世界はさまざまに揺れているかのようです。

フィリピンを訪問されている天皇陛下と皇后陛下ですが、
出発前後の様子を語る新聞記事やフィリピンでの
歓迎のパティーでのアキノ大統領や陛下の御言葉に、
心がキュンとなったのは何故でしょうか。

アキノ大統領は陛下の心中を慮り、
「当事者でない陛下が、この戦後の70年間の重荷を
背負って生きてこられたことに敬意を表する。」と
述べられました。
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随想 伊路波村から50~人として生まれて

この数週間の間に、たくさんの方々から
私設飲み会のお声がかかりました。

久しぶりの方、近くの方、久しく断絶していた方、
学区の方などからです。

それで短期間にたくさんのアルコールをいただいたので、
肉体(心臓)が悲鳴を上げていました。
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随想 伊路波村から51~ある集い

およそ一年ぶりに飲み屋さんでの集い。

学生時代の5名が(いつもですが)集いました。
70歳近くの年齢になりますと、さまざまなそれぞれの
家族や親類の方の変化が大きく、また自身の体の
状態も変化して、すこし開催の時間的な間が伸びていました。
酔うほどに話が広がって、4時間です。
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随想 伊路波村から52~人はどこにいるのか

世界が平和になったらほんとうに自分は平和なんでしょうか。

自分が平和であることと世界が平和であることとは
どんな関係があるんでしょうか。

自分の見ている世界は自分の意識の現れといわれます。

でしたら自分の心しだいで平和かどうかが決まります。
平和だけでなく幸せ感もそうです。
満足感もそう。
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