結婚

昭和34年というと 11歳 小学校5年生時
天皇 皇后両陛下が結婚された。
今日10日がその日。
なんてことなくテレビでニュースが流れていた。
会社に来て新聞を開くと 特集で幾ページにもわたって
両陛下のこれまでが カラー写真入りで解説されている。
その中の一枚 阪神大震災の現地見舞いの写真に
眼が行った。 美智子さんがバスの中で両こぶしを握り
お見送りの人々に 心の中で「ガンバッテ!」と叫んでいる写真だ。
迎えには天皇陛下。
この50年の お二人のたくさんの想いがなぜか
いっぺんに こちらの胸に来てしまった。
結婚 姓をもたない皇室の結婚は どんな重圧の中で
人生を送られるのだろうか。
いつまでも安寧でいらっしゃるようにと 祈りました。

千年後

「千年後には いったい何をしているでしょう。」
さらっと のお言葉に 私は「今」を思った。
今も千年後も おそらくは同じようなことを
しているのだろう。
それならば なおのこと「今」をしっかりと
生きなければと感じた。
千年後の未来から 今の私へのメッセージは
何だろう。
「また やっているの。?」(笑)

天のお使い

2年の間 できるだけ尽くして そしてあるだけの智慧を
絞って 実行してきた 昨年の5月。
万策尽きて 将来への道もみえず 天を仰いで
必死に探った インターネットの情報空間に
お使いのように現れたセカンドオピニオンのサイトに
出会うことになった。
午前3時 必死につづる今までの経過。
そして 道がわからぬと ワラにもすがる思いを
告げた。
その朝 午前7時すぎに セカンドオピニオンの
愛媛の医師から 直接ケイタイに電話。
長い長い 重い疑問が解けていった。
その日から8ヶ月が過ぎ それまでの長い年月での
出来事が ウソのように状況は変わった。
感謝してもしきれない 物凄いご縁に
毎日毎日 さらにことがあれば毎瞬毎瞬感謝した。
50回を超える交信を経て 私たちは新しい領域へと
入った感じがする。
このセカンドオピニオンさんの掲示板は
ご著書の出版後まもなく 炎上し 閉鎖となった。
今朝 ファックスならOKということなので
送信させて いただいた。
「よくなったら 先生にお礼に行きましょう。」
娘の言葉を 告げた。
「一度 お会いしたいものですね」
無償で3000人の人々の相談に応じた
「天のお使い」からの返信があった。
感謝不足の私を導く 短い言葉だった。

月と金星

1月1日 珍しく午前4時30分に目覚めた。
お風呂を暖め きれいにいちおうして
北の白龍神社さんに 参拝した。
先客はおひとり。
お札さんをと想ったけれど しまっていた。
帰宅して もう一度眠った。
午前9時30分 神明さんの元旦祭に出むいた。
直来では 末席に座った。
とにかく 私より15-20年くらいの先輩ばかり。
お隣の方から 体の不調を聞いた。
知っている限りの知恵をお話させていただいた。
一生懸命メモを取って見えた。
素晴らしいお天気だ。
夕方 5時45分。
ベランダから南西の空を見る。
金星とお月さんが一直線に見える。
お正月の 清らかな空に 鮮やかな星。
私は何だろう。
お父さん お父さんと叫んでいる声がする。
命が 涙を流す。
私は何だろう。
今年の始まり・・・・・。

暮れ行く年に

ねずみの年から うしへと移り変わろうとしています。
一巡の年の 5回を生かせて頂いて ありがたさでいっぱいです。
ここ数年の 修行の激しさに 試されているとは
想いながらも くじけそうになる心を必死に立て直していた
自分の心を見つめています。
暮れの素晴らしい新しいであいに
光明を見ました。
それとともに いよいよの準備がなされているような
感じを受けています。
平和と善政の鳥鳳凰は 世界中の人々の前に
姿を現すのでしょうか。
私達の意識の集合が あらわす現実の状況を
呼びます。
まさしく夜明けが きっと来ます。
「一人一信仰」 坂田先生の金切り声が 久々に
脳裏にこだまして 外に惑わされない 自立の道を
促しています。
有縁無縁のいのちの全てが 黄金のごとく
輝きますように 切に祈る ねずみのとしの暮れです。

ある決断

今 イスタンブールでの16年前のできごとを思い出している。
私たち ある鋼板メーカー主催の親睦海外旅行の
トルコーエジプトの旅の途中のできごとだった。
余裕の時代であった。
午後7時 イスタンブール発カイロ行きの搭乗アナウンスを
待っていたが なかなかにない。
遅れるのは 普通のことと諦めて 空港内のあちらこちらを
ウオッチングする。
出発予定時刻から2時間ほど過ぎた頃 ツアーコンダクターの男性が
しきりに30名を越える 仲間の旅行客の思い思いの居場所に
出むいて 説明を始めていた。
飛行機はどうやら 出発時刻を過ぎても出発しないで
チェックをしているらしいのだけれど その詳細は
伝えられていないとのこと。
しかたがないので 残された 日本 ヨーロッパ エジプト
韓国の旅行客は それぞれの時間を過ごした。
6時間を過ぎた頃 搭乗口で閉じられたドアを蹴飛ばす音。
韓国のツアコンさんだ。 なんだか激しい口調で 係りの人に
食ってかかっている。
そして 頭が沸騰するかのように 何度も搭乗口のドアを
蹴飛ばしている。
他の国の人々は? 欧米人は 知らぬ顔で本を読んでいるか
眠っている。 エジプト人は? 全てのことは 天の思し召しどうりか(笑)
無関心。 日本人は 集まって 誰を交渉の代表にするか話し合っている。(笑)
結局 7時間遅れても 出発できず その理由は左後部のドアが閉まらないという
 しまらない話だった。
結局 翌日の同時刻に 24時間遅れで カイロに出発する
便を用意するといううことで 一行は航空機会社手配の
ホテルに一泊となった。
時刻はすでに午前2時となっていた。
近くのホテルには バスで15分後くらいに着いた。
各自 部屋に納まり シャワーを浴びて 終身は午前4時ごろ。
うつうつと眠ったと想ったら コーランの声が町中に響き
すぐにおきた 7時だっただろうか。
3時間睡眠。
それから朝食後 一行全員は ホテル一階ロビーの
片隅に集合した。
一行のリーダー(主催会社の社長さん)が すこし高くした
壇上にのって 皆さんに問いかけた。
「昨日は大変にご迷惑をおかけし お詫び申し上げます。
本日は 昨日と同じ時刻に 修理が済んだ同じ飛行機で
カイロに向かう予定です。
仮にカイロに飛ぶことになっても 今回の旅のメインである
るルクソールへの旅は 行くことができません。
カイロでの ピラミッド見学だけになります。
さて皆様にご相談です。
本日一日遅れで カイロに同じ飛行機で発つか
それとも カイロ行きを中止して このトルコで別の日程を
急遽考えて 実行するか そのことを皆様にご相談したい。
いかがでしょうか・・・・。」
いつもすこしファンキーで とてもこのような重要な話を
まじめに 毅然とした態度で話すことができるイメージがない
お若い社長さんだったと想っていたのに・・・。
見事な 態度だった。
さまざまな意見が お客様である旅人から出ていた。
「怖いから エジプトはもういいからやめよう。」
「せっかくここまできたのだから ピラミッドが観たい!」
「みんなの したいようでいいです。」
さまざまな 意見を様々に聞いた 社長さんは言った。
「わかりました。 みなさんにはさまざまなご意見を
いただきました。 ここで行くか行かないかのふたつに
決めることはできません。 ここは私の決断にお任せ
いただけるでしょうか。」
どちらかとも 決めることができないさまざまな群衆は
「それでいいよ! 任せた!」
と口々に叫んだ。
「それでは最終的な決断を申し上げます。
本日夜に エジプトに向けて出発させていただきます。
みなさんのご協力をお願いいたします。」
短いが 立派な決断だった。
エジプトを最後に私達の旅は無事終了した。
故障したその同じ飛行機が カイロに無事にランディングした
瞬間には 機内の全ての国の人々が 大拍手だった。
特に韓国の人々のそれが激しかったようだ。(笑)
帰国して 数ヵ月後 新聞で ルクソールでのテロ乱射事件で
日本の新婚さんが亡くなったことを知った。
なんだか自分たちのことのように ゾッとしたことを想い出す。
人生の中での 予期せぬ出来事があったとき
自分なら どのような決断をくだすのだろうか。
あの日の あのときの あの人物の姿と声を
今も思い出す。
なにせあの旅の というより 全ての旅のうちで 強烈な
印象を残した 出来事はそんなにはないのだから。
ただ 時代は過ぎ去り その会社は 今はもうない。

波による現象

「なぜなら過去も未来も一点に畳み込まれているものを、
平面で現すこと自体が無理なのです。」・・・法則の伝え
「目に見えない いろいろな多次元の世界からの干渉と
 現実界の生き物の意識が同調して 現実界の世界が
進んでいきます。現実界に現れなかった世界も 
同時に多数存在していました。」・・・伊勢 白山道
まさにマトリックス。
「結局は すべてあなたと内なる神との間のことなのです。
あなたと他の人の間のことであったことは
一度もなかったのです。」 マザーテレサ・・・伊勢 白山道から
誰もいないことを 知っていたのでしょうか マザーは。 

崩れ去るもの

それぞれのお人のもつ 価値観が崩れていくのだろうか。
ある人は名誉 ある人は美 ある人は財宝
ある人はマネー ある人は人気 ある人は平等
ある人は正義 ある人は支配 ある人は・・・・・。
その最後の聖戦のような それぞれの地で
行う最後の自分の価値観との戦い。
もしくは 意識する間もなく流されていくのかもわからない。
そして流れたあとの その絶望のあとに
新たなる希望がつかめるのか またはそのまま再びの
自己への戦いに挑むのかは さまざまなお人の
選択によるのだろうか。
ずいぶん以前に とっくに捨てたと思った価値観が
人間の生存のためにか 蘇る。
そして幾度もの 大波の揺り返しにあうかのように
お人の心も揺れるのだ。
何故 生かされているのだろうか。
私たちは・・・・・。