ある道のり~いのちの実相 6  自分しかいない~

自分しかなくて また自分さえない 感覚でもなく
ただ そのことが私たちの現実感とはまったく
かけ離れた それでいて何にも変えがたいもの。
ただもう 嗚咽しかないもの。

そしてそれであればこの現実の何をもはるかに
超越し、しかも私たちの知るいかなるものとも比較することのできないもの。

まったく不変であって、しかしながらものすごく躍動し、ものすごく湧き出るもの。
そんなわけがわからない表現でしか言葉では言えないのですが。
自分はそこのそこに繋がっていて、しかもそこのそこそのもの。

さらに誰でもが、まったく同じなんだということ。
どんな方でも、まったく同じなんだということ。

未来がここにくること。そしてまた物質はないということが実感として
理解できる出来事にあいます。
それは皆様ご存知の長崎の「あんでるせん」という喫茶店でのさまざまなことです。
ここでは未来の出来事が今起きて、しかも物質が消滅し
本人しか知らない場所に瞬時に移動(テレポーテーション)します。
またバラバラになった金属がほぼもとの形に戻ります。
そして塑性であるプラスティック製のライターがねじりあめのようにまがります。
割れないのです。
さらに本人の姓名や生年月日さえ知られてしまいます。

マジックといって片付けたくなるできごとを間近に見て
逆に私の心はとても喜んでいました。

ですからその後たくさんの友人を「あんでるせん」にお連れしました。
社員さんさえ旅行でお連れしました。
その頃から信頼が落ちたかもしれませんが。(笑)

でもあの体験があんでるせんでのできごとを確信させてくれたのです。

その後「霊肉一体何故」の故知花さんに清里にてお会いし、そのご縁から
ボリビア行きが決まり、飯島さんと出会います。
平成7年のことでした。

それからの新しいお出会いはまさに怒涛のごとくとなります。
時々にお会いしたかたがたに同じ確認の質問をしました。

「ここには自分しかいないんですよね。」

右脳開発の故七田真さんやありがとうおじさんは即答でした。
「そのとおりです。」

もちろんこんな質問誰にでもできません。
心の赴くままに、この方には聞いてみようと思ったお二人に
お聞きしたのでした。

物質なく時間なく空間なく。
いったい何故ここにいるのか。
そして今にあるのか。

精神と肉体の旅はさらに続いていくのでした。

娘はその間入退院を繰り返し。
およそ10年間で二度の自宅での飛び降りをします。
最初は8階の廊下から吹き抜けの7階玄関のホールに飛び降りたのです。