再録 奇跡の道 その56~特別な憎悪の関係に目を・・・

「特別な憎悪の関係に目を向けることを
恐れてはならない。それを見ることから
自由がもたらされるから」

特別な愛にはその影に憎悪が隠れているようであって、
そのような関係の中では、愛の真の意味が隠されており、
そうした関係は、憎悪を軽減しつつも、手放さずに
おくためにのみ形成されるようですね。

ようするに特別な関係とは、その影にある憎悪を
真っすぐに見て、本当の愛とは何かを
知るためにあると考えてよさそうです。

それでも人間はなかなか特別な関係をそのようには
考えることはできません。
感情がない人間とみなされそうで恐怖でしょうか。

でもたとえようもない「愛」に触れたときには
その恐怖が吹っ飛ぶのかも知れませんね。
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再録 奇跡の道 その55~愛は幻想ではない、事実である。幻滅が・・

「愛は幻想ではない、事実である。幻滅が可能なところには、
愛ではなく、憎悪があったのである」

兄弟、夫婦、恋人、親友などのこの世における
さまざまな種類の特別な愛とはなにか。
とても心に引っかかっていました。

兄弟も夫婦も恋人も親友も、互いに離れ離れに
なるまでずっと、そして離れ離れになってもなお、
受容し赦しあうことができれば、
それは全的な愛といえるのかもしれませんが、
たいていは何らかの憎悪をもちながら関係を
保つ場合や、憎悪をもって別れなくては
ならない場合もあります。
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再録 奇跡の道 その54~肉体は自我の象徴であり、自我は・・・

「肉体は自我の象徴であり、
自我は分離の象徴である」

今朝届いていたメールがあります。
奈良の「真の教育のための学校」の主宰者である
Tさんからです。

昨年暮れからの気づきというか覚醒の体験の
お話でした。
毎日毎日というか、毎瞬毎瞬が瞑想のような
ときを過ごす方です。

実相への感覚の体験を、言葉ではきっと表現が
困難でしょうけれど、言葉での表現を
されていました。
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再録 奇跡の道 その53~あなたには愛と恐れという二つの感情が・・

「あなたには愛と恐れという二つの感情があるだけ。
一方は不変だが永遠なるものから、永遠なるものへと
差し出されて、それは延長されていく。
与えられるたびに増加する。」

恐れから、他への攻撃が起こりますその攻撃によって
罪悪感が増長しますね。
その罪悪感とは一度もなかった分離への
確信に導こうとするもの。

かなり手ごわいですね。
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再録 奇跡の道 その52~自我は、全世界を得て自分の魂を失う・・

「自我は、全世界を得て自分の魂を失う方法を
教えようとしている。聖霊が教えることは、あなたは
自分の魂を失うことはできないということ、そして
世界には得られるものは何もないということである」

まったく反対に思えてしまいますね。
その逆の考えがトリックみたいには
なかなか思えないですね。
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再録 奇跡の道 その51~特別な愛を知らない神とは違う・・

「特別な愛を知らない神とは違う愛し方を
しようとするなら、どうしてあなたに愛を
理解することができるだろう」

人間の真実は「愛」そのものだとすると、
それは神という存在ともちろん共有していますね。

その「神」という存在は特別な愛を知らない。
人間が特別な愛を感じている間は、本当の愛を
しらないということになります。

なんだか悲しそうですが、まず悲しそうと
思ってしまううちは自我人間ということ
なのでしょうか。
ますますガックリの自我人間です。
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再録 奇跡の道 その50~私が兄弟に与える答えは、私が・・・

「私が兄弟に与える答えは、私が求めているもの。
そして私が彼について学ぶことは私が自分自身に
ついて学ぶこと。」

何をとっても自分自身だということですね。

仙台のOさんの天命塾のキャッチフレーズは
「自分が自分で自分する」ですから
Oさんはすでにご存じの方ということですね。

「あなたが呼べば私が答える。
それは私が私に答えるのである。」

内山興正和尚様の言葉で、これも言い得ています。
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再録 光と水と空気は一気通貫 その5~「地水火風」に加わる第5の元素とは

「ウオーターデザイン」の最終あとがきの著者七沢賢治さんは
古代の宮中祭祀を司った白川伯家の研究を通じて水が
古来から重要な意味を持っていたと論じています。

その中にあるのが「第5の元素 エーテル」です。

まず古来白川家は天皇に献上する水が大切であると
淡路島の南端にある「御井の清水」から朝な夕な都の仁徳天皇に
水を運んだとあります。

この水は意味としては高天原の水と海洋深層水のような
淡路の海から湧き上がる水が結ばれた水とも言えて、今でも
「御井の清水」は多くの人々に愛されています。

いささか神話がかっていますので、現代風の私的解釈によると、
重力差のある水が結び合う時にエーテルが新たなる水を生むと
理解します。

ギリシャのアリストテレスは「地水火風」の4元素のほかに
もう一つエーテルという「第5の元素」があると主張しました。
ですがこのことはなんとなくわかりながらも確証にかけ
アインシュタインの相対性理論の登場によって消滅のような
形となりました。

ですが当のアインシュタインも娘に「光よりも速いものは存在する
自分が死んだらそのことを公表してくれ」と依頼したそうです。

それはタキオンです。

ただそんなことを科学的に論じなくても、私たちの意識エネルギーは
断然光よりも速く、まして医術で「遠隔治療」が有効だと
すでに判明しているので当たり前とも言えます。

さてお話はお水です。

重力差のある水?
ピンと来ました。!!

上の方から川の沿岸や岩の間を水は自由に渦を巻いて
下流にくる。エネルギー一杯吸引した水です。
よどむ水は腐りますが流れる水、特に渓流の渦巻き流の水は
とても活き活きとした活性水です。

それが三ミリのステンレスナットのネジの中を渦のように
水圧によって流れる量子水です。重力水。

そして「マナウオーター」は山から浸透した水が山のふもとの
水が湧く池などに湧き上がる逆の水ですね。(忍野八海)

その二つの水が結ばれるときに新たに生まれるのがエーテル?

エーテルとは世に遍満する物質の原因みたいなもの。
いわゆる「空」。「空即是色」ですね。
「色」はもちろん物質です。

古代の天皇は分かっていたんですかね?

ひとつ余談ですが
日本の三種の神器のひとつの「剣」ですが、この剣を作る作業は
とても難解とあります。
もともと隕石からとれた隕鉄「ヒヒロイカネ」からスサノウの
草薙剣なんかを作ったようで、刀鍛冶は岐阜の関に代表されるように
神事なんですね。

鉄の不純物を徹底的にたたいて、焼いて、焼き戻して出します。
出ないとあの真剣はできない。
その時にも水は大変な役目を果たします。どうもただの水ではない。

叩いても叩いてもバラバラになってしまうことが多いようです。
水が大切。
それで素晴らしい名刀が出来てもどうしても叩き出せない金属が
クロムとニッケル。
どうしてでしょう。
ステンレスとよばれ、鉄に混ざる合金のステンレスの素材です。
18%クロムー8%ニッケルステンレスとか18%クロムステンレスとか言いますが、
クロムとニッケルは特殊な物なんですね。

そこで量子水の機器を考えるとステンレスの三ミリのナットのネジ
なんですね。しかも六員環構造水と同じ六角形なんです。

だんだんわかって来ました。

重力差のある水とは
「渦流である量子水」

湧き上がる水とは
「マナウオーター」

その二つの重力差のある水の結びが、あらたなるエーテル、
つまり水を生む。

「産霊」です。

霊とはエネルギーですね。

       ・・・つづく