4314「祈り」2026.7.10 自分で自分を自分するから

4314「祈り」2026.7.10
今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月26日の記事を紹介します。

「祈り」

今日は、渡辺和子さんのお話を通して、

神さまは、どうやって人間の祈りに答えてくださるのか、、

考えてみたいと思います。

<引用開始> 引用元

・もし私が祈ったことが全部叶えられたら、どうなるのだろう

・神様のお役目というものは、

 人間の願いを全部叶えることなのだろうか

・いくら祈っても、所詮(しょせん)神はご自分の好きなようになさるのだとしたら、

 祈っても、祈らなくても同じではないか

その上で渡辺さんはイエスの言葉を紹介します。

・求めなさい。そうすれば、与えられる。

・探しなさい。そうすれば、見つかる。

・門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 “4314「祈り」2026.7.10 自分で自分を自分するから” の続きを読む

4313「涙、心の浄化」2026.7.9 自分で自分を自分するから

4313「涙、心の浄化」2026.7.9
今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月25日の記事を紹介します。

「涙、心の浄化」

イエスもブッダも空海も、聖人と言われる人たちは、

奇跡を起こしたかもしれませんが、その教えの最重要なことは、

私たち自身の心の浄化、でした。

奇跡や不思議な現象に釣られて、沢山の人が近づいてきましたが、

重要なのは心の浄化であると教えてくださいました。

また既に始まっている火の洗礼、

これはノアの箱舟の水の洗礼に続くものですが、

今回の洗礼は、

心の浄化がどれほど進んでいるかによって選別が行われるようです。

・見えない世界

・不思議な世界

・霊の世界

・スピの世界

が好きな人は、心の浄化などよりも

そこに現れる不思議な現象の方に興味があるようです。 “4313「涙、心の浄化」2026.7.9 自分で自分を自分するから” の続きを読む

再録 奇跡の道 その134~奇跡の道の最終扉

ここまで自己学習である「奇跡講座」の中の
数々の言葉や、体験の中から感じられた言葉を
交えて、「奇跡の道」について書かせていただきました。

あまりに単純なことなのに、このように134項もに
わたって記述が続いたことに驚きです。

人生での数々の御縁が、自らが生まれ出たわけを
伝えているようです。
どんなささいな出会いでも、出会ったことは意味があって、
その時に感じた多くの「分離感」をすべてなくすように、
「赦し」
の機会を出会いによって与えられるようです。

「赦し」がとても困難と思えることがらや、
お人との御縁であっても、そのことやお人への
「赦し」が困難であればあるほど、またそれが
大きければ大きいほど、赦し赦された時に、
「奇跡の道」はめざましく広がりを見せていきます。

「やってみること」しかご進言できる言葉はありません。

しかもその「赦し」には大きさの違いはありません。
どんなことも、小さなことも、大きなことも
一つ残らずするしか道は開けません。

難しさの差は関係ないようです。
一つ残らずですから。

ほんとうに、最後に、

「宇宙があなたの解放を待っています。
それは宇宙全体の解放だからです。

宇宙とあなた自身に対して、親切でありますように」

ありがとうございます

再録 奇跡の道 その133~癒し

神は扉の傍らに立っており、赦しはその扉を開く
唯一の鍵でしょうか。

癒しとは、赦しの強さのしるし、またはその象徴ですね。

病気とは、赦そうとしない想念の証でしょうか。
肉体を癒すということは不可能ですね。

そして肉体を生じさせた原因は、神の子が抱いた
赦そうとしない思いそのもの。
天国には赦すものなどありませんね。

死は報奨であって、決して処罰ではないようです。

赦しのみが、あなたが与え、また受け取れる
唯一の贈り物。
偽りの癒しは肉体の治癒の上に成り立っていますが、
それは依然として病の原因を変えずにおくので、
病の再発は可能となります。

再録 奇跡の道 その132~赦し

赦しは癒しの同盟者。
両者が揃うことが必要とされています。

それは他者の中においてのみ、自分自身を赦すことが
できるからですね。
邪悪なのは常に他人であるように見え、その他人の罪の中で、
傷ついている者はあなた。
そうならばあなたはすべての者の奴隷ということですね。
何故なら、相手が行うことが、あなたの運命や感情を決め、
絶望か希望か、惨めさか、喜びかを決めることになるからでしょうか。

他者を赦そうとする者が、自分のほうが善良だと
主張することはしませんね。
他人の悪意に対して、寛容であり、沈黙と優しい
微笑みだけをもって応じるというのは親切なことですね。

神はただ与えるのみ。

再録 奇跡の道 その131~聖霊

ひとたびこの旅が始まればその終わりは確実だと
言われています。

助けを必要としている者はみな、自分自身を
攻撃しています。

他者のために祈る必要がなぜあるのでしょうか。
それはあなたが自分の罪悪感(分離感)の投影を
兄弟から取り去るため、および、自分を傷つけているのは
彼ではないということを認識できるようになるための
手段にすぎませんね。
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