随想 伊路波村から27~ときめきのわけ

お人との 出会いのときの あのときめきは
なんだったんだろう。

あの講演を 待ち焦がれた 数日間の
ものすごい ときめきは なんだったんだろう。

人間との出会いは その後のご縁が ワケを
明かしてくれる。
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随想 伊路波村から28~病むということ

人間が病むということは
何かが欠けているということと聞いた。

身体の場合には 口にする食べ物とか
食べ方とか 量とかが関係するのだろうか。

そして 気というものもある。
感情を荒立てると それだけで細胞が死ぬというし
病む細胞も 生まれるのだろう。
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随想 伊路波村から29~壮大ないのちのドラマ

世の中の毎日の変化が 映画に行く必要もないほどの
感動や ふるえや 楽しみを与えてくれる。

お金の世界や 食べ物の薬物のこと 物の生産や
医療のこと。 教育のことや政治行政のこと。

事業者の集約化や 事業の売却のこと。
宇宙のお話や 陰謀や 科学技術の革新。
戦争 宗教 対立。

そしてなにより いのちのかがやき。
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随想 伊路波村から30~ショコラありがとう

夕方家に戻ると 家内とマミちゃんが ウサギの
ショコラのことで うろうろしている。

病院に緊急で行こうと 連絡をとったり
腕の中にショコラを抱えて 心配そう。

ショコラは口をパクパクし始めていた。
もうそんなに生が長くないサインだ。
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随想 伊路波村から31~循環

今日も家の前の道路と歩道の境に 小さなミミズの死骸が
たくさん見受けられました。

都会のほんのわずかな植え込みの土に発生するミミズです。

一匹のミミズの死骸にたくさんの細かなアリがたむろしていました。

なんだかちりとりに掃きこんでしまうのも悲しく思いまして
死骸とアリをそのままにしておきました。

小さなミミズを狙って きっと小鳥や鳩やカラスさえも食べ物に
してるのでしょう。

「ミミズはなんで生きているの。?」

悲しくなって下を向いてほうきの先を見る目が
潤んできます。

自分もミミズなんだろうか。

ゆるやかな坂道の東方面をやや見上げますと
秋のきれいなお日様が、自分をそして世界を照らしています。

あまりの輝きは 景色の境をなくしてしまいます。

みな一体。

今日もあることに感謝して、いつも朝にお会いする
通勤の方のお姿に、今朝も元気でお会いできたことを
心の中で感謝するのです。

随想 伊路波村から33~イルカのショー

イタリア村がなくなって 少し寂しい感じの名古屋港。
その名古屋港には水族館がある。

中日新聞に「マイルカのあかちゃんを見学する集い」が日に2回
あるというので娘と一緒に行った。

水族館があくと 子どもやカップルが次々に入館。
入り口には大きなイルカの水槽が3つ4つある。
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