再録 奇跡の道 その74~ 用語について

このシリーズも73回目を終えています。

今まで使わせていただいた用語について、
すこし書かせていただきます。

よく使う言葉ですが、日本語ですので今まで通りに
意味を受け取りますと、すこし違和感があるかも
知れません。
そのため「奇跡のコース」での用語を
説明させてください。

智識
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再録 奇跡の道 その73~愛は愛だけに引き寄せられる

「愛は愛だけに引き寄せられる」

愛は何の偏りもないので、偏りのない愛だけに
引き寄せられるのでしょうか。

また感謝も誰かに対する相手のある人間的な感謝でなく、
大いなるものに対する全的な感謝も同じかも知れません。
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再録 奇跡の道 その72~肉体を通して楽しみを・・

「肉体を通して楽しみを求めるなら、苦痛を
見出さずには済まない。肉体とは苦痛への招待」

おいしい食べ物、おいしいですよね。
快楽。快楽ですよね。
でもその果てに待っているのは苦痛ですと。
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再録 奇跡の道 その70~肉体は赦すことはできない

「肉体は赦すことはできない」

そうですね。
肉体は決心できませんね。
あたりまえですが。

すべては人間の最大の能力である
自由な心で決めるんですよね。
そしてだれでもが持っている自由な心。
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再録 奇跡の道 その69~学びが終わるのは、愛ではないすべてのものを・・・

「学びが終わるのは、愛ではないすべてのものを
あなたが認識したときである」

愛ではないすべてのものを認識したとき。?

それではすべては愛であると魂の底から、
そしてそのことさえも感ずることがなくなるとき。?

見るもの、聞くものすべては愛と。

そうですよね、愛って学ぶようなものでなくて
もともと愛ですね。
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再録 奇跡の道 その68~赦しでさえも終着点ではない。・・

「赦しでさえも終着点ではない。赦しは麗しさを
もたらすが、創造しない。それは癒しの源ではあるが、
愛の源ではなく、愛の使者である。」

自分と兄弟を赦しても、また赦しても
それは麗しさを感じるだけであって、
決して創造はできないようですね。
だから癒しの源を感じはしますが、
愛の源を感じることは出来ずにいて、
赦しはただ愛の使者とはなる様です。

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再録 奇跡の道 その67~私はなにもする必要がない

「私は何もする必要がない」

アレレ する必要がないと言うことは
必要なものはいつもすべてある ということですね。

そして、まさかのこの言葉を ただの一瞬でいいので
信じ切れば、1世紀にわたる観想以上のものを
あたえられると聞きました。

どうも肉体次元で考えがちな自我人間なので、
「み~んなお任せ」の心境にはなかなかですね。
この「み~んなお任せ」でのうてんきだと
肉体の病気も消えるようですね。
だってないものをあると決めているのは
自我のこころですからね。
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