森信三先生の言葉 3~死後のことは分かりません。・・・

 死後のことは分かりません。わたくしは、
死後は生まれる前のいのちのふる里へ
還るものと信じています。しかし論証は
できません。それゆえ生きている間は、
お互いに精いっぱい生きなければなるまいと
思っています。わたくしの申す「人生二度なし」
というのはそこから生まれたコトバです。
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再録 奇跡の道 その103~贖罪は幻想を訂正する・・・

「贖罪は幻想を訂正するのであって、
真理を訂正するのではない」

贖罪って、この世界では、なにか罪をおかしてそれを
償うために行いをするものと言いますね。

でも奇跡の中の「贖罪」は
罪と罪悪感の実在性を信じる信念を訂正することです。
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森信三先生の言葉 4~わたくしの宗教はある意味で・・

 わたくしの宗教はある意味では
「拝花宗」ともいえましょう。
ある冬のこと鉢植えの梅の木に
一輪の白い花が咲いたのを見て、
思わず合掌しましたが、全く初めての
体験です。道元の「正法眼蔵」に「精華」
という章がありますが、日本人にとって
宇宙的生命を端的に納得領解しやすいのは、
花であり、ついでは山河自然なのでしょう。

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再録 奇跡の道 その104~どの(教えて学ぶ状況)もそれぞれに異なる関係から・・・

「どの(教えて学ぶ状況)もそれぞれに異なる関係から始まる。
究極のゴールとは常に同じである。すなわち、その関係を、
両者が共に神の子を罪なき者として見ることができる
神聖な関係とすることである。」

出会いによる救済に偶然はなく、出会うべき者たちは
出会うことになる。
なぜなら、一緒であれば、彼らに神聖な可能性があるからである。
彼らは互いに出会う用意ができている。
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森信三先生の言葉 5~精神というものは、それが真に・・

 

精神というものは、それが真に伸びるためには、
必ず何らかの意味において、一種の否定を
通らねばなりません。この否定という浄化作用、
すなわち自己反省というものを通らずに
伸びたのは、精神としては、真に伸びた
のではなて、かえって度の過ぎたものとして、
結局欠点となるわけです。すなわち、人間の
性格上の問題としては、自分の欠点を反省して
これを除くという努力が、じつはそのまま
長所を伸ばすことになるわけです。

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森信三先生の言葉 6~人生を深く生きるということは・・

 人生を深く生きるということは、
自分の悩みや苦しみの意味を深く
噛みしめることによって、かような
苦しみは、必ずしも自分一人だけのもの
ではなくて、多くの人々がひとしく
悩み苦しみつつあるのだ、ということが
解るようになることではないかと
思うのです。
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