森 信運命をひらく 365の金言 46 「自己を鍛える最上の場所」

自己を鍛える最上の場所

 河水の濁りを清めるには、まず遡ってその源を清めるほかに途はありません。
 同様にわたくしどもも、自己を鍛える最上の場所は、結局は家庭のほかにはないでしょう。
 かくして家庭生活こそは、実に人間修養の根本道場というべきであります。
 もしこの趣が分かって、家庭おけるわが生活の根本的な立て直しの覚悟が決まったとしたら、もうそれだけでも、その人の態度の上に、一種の緊張が見られることでしょう。

 すなわちそこには、未だかって見られなかったような凛子たる人間的緊張と、それに伴うゆかしさがうかがえることでしょう。

再録 奇跡の道 その82~神の強さを自らの内に・・・

「神の強さを自らの内に自覚している者たちは
戦いというものを考えることさえできない」

すぐ戦って勝とうとしてしまったり、
すぐに裁こうとしがちですね。
過ちも、善も悪も、正も邪もないのに。
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森 信三 運命をひらく 365の金言 45 「出処進退の問題」

出処進退の問題 

すべて物事は、平生無事の際には、ホンモノとニセモノも、偉いのも偉くないのも、さほど際立っては分らぬものです。ちょうどそれは、安普請の借家も本づくりの居宅も、平生はそれほど違うとも見えませんが、ひとたび地震が揺れるとか、あるいは大風でも吹いたが最期、そこには歴然として、よきはよく悪しきはあしく、それぞれの正味が現れるのです。
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奥の院通信から R5 5/8 「米中接近のカラクリ」

https://okunoin.fc2.net/blog-entry-1306.html

ユダヤ教の高位のラビ(神官)・フィンケルシュタイン氏を招いて、あるトークショーで、質問者が「さてこれとは別の非常に重要な問題があり、それをどう貴方がたが考えているのかをお尋ねしたい」と言った。(奥の院・ディープステートを仕切っているのが彼ら一部のユダヤ人である)。
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