以前のことですが、全国からのさまざまな情報から
選択しネットワークに繋がる方たちに向けて発信する
放送局がありました。
今はユーチューブが有名ですが、そのころはそういうものはなくて、
自前でビデオや録音を編集して残してありました。
飯島さんが始めて山善ビルにみえて、みなさんにむけてお話された
内容です。まさにいつもテネモスミーティングをしている場所でのお話でした。
飯島さんのお話はここです。
録音です。
「現象の原点」
再生大和 霞の中にて活動する
以前のことですが、全国からのさまざまな情報から
選択しネットワークに繋がる方たちに向けて発信する
放送局がありました。
今はユーチューブが有名ですが、そのころはそういうものはなくて、
自前でビデオや録音を編集して残してありました。
飯島さんが始めて山善ビルにみえて、みなさんにむけてお話された
内容です。まさにいつもテネモスミーティングをしている場所でのお話でした。
飯島さんのお話はここです。
録音です。
「現象の原点」
坂田道信先生からご紹介がありました。
13歳の大切な時期から晩年までの人としてのあり方を説いています。
戦前の「修身教授録」とはまた異なって、感じるところが多いです。
第4巻 「人はなんのために生きるか」 第19講から 抜粋
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すなわち人間はたとえ悟ってからもーーついでですが、悟るということは、「自己中心主義」が誤りだということを徹底的に認識することとも言えましょうがーーさらに修行しなければならぬのであります。そしてこのことを臨済禅では、「悟後の修行」というているようであります。
では何故そうかと申しますと、悟りと言いましても、それが自分の我見がコッパミジンに飛び散ってしまって、この天地大宇宙と一体となったともいうべき体験をいうのであります。しかしながら、それはただ一瞬の出来事でありまして、もしその後の修行をつづけなければ。へたをすれば、そのときのただ一瞬の観念的な悟りに留まり、真にわが身に肉体化せられて、私どもの行動の力強い原動力とはならないのであります。
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種が取れました。
少し遅いかもしれませんが、冷凍して9月に撒きます。
釘本さん:リサさんのようなことがありました。会議中に木が話しかけてくる。リサさんの話の確認になった。
犬は相当人間を見ている。こちらが見るとみない。意識を向けるか向けないかだけ。出したものが返る。意識を向ける。エネルギーを入れる。だから返ってくる。自然に目を向けると返ってくる。
自然の中で意識を向けただけ人間にエネルギーが入ってくる。
中学生の男の子(反抗期)犬の散歩に一緒に行って、犬が見ていることを言うと、其の子と繋がっていることを確認している。病気はエネルギー不足。自然治癒とはエネルギーが入る状態にすること。行動することで0に戻す。はみがきのこと。馬の毛の歯ブラシ(プラのようにきづつかない)つよさとか、いろんなものをいろんなケースで考えながら行動してる。部品と動かす力がものを作っていく。
すべて一つしかない。畑の草みしりとかやると(動くと)いい。野菜の一番の栄養は人の足音だ。(振動)きのこを作るときには木をたたく。(振動)熊に教えてもらった。知識じゃなくエネルギーの法則が大切。
偶然はない。これも必然だと思って物事のサイクルをとらえる。どんなことがあっても飯島さんの言葉を思い出す。「お前が来たんじゃない。俺が呼んだんだ。」最初縁の繋がりがビックリするようなことがあった。いろんな経験が大切。「300年は生きた」飯島さん。進化の促進。たくさんの人に会って、話してただそれだけ。
釘本さん:物質的な欲望は有限。精神的な欲望の人が集まっている。「出したものが返る」確認の行き方。積極的な生き方。毎日が王手の人生。そうしていると大きな喜びがある。自分の役割がわかってきて嬉しい。
好きなことをすることが大切。病気は好きなことをしていないこと。植物は教えてくれる。「お前の知っていることは。?」「法則です。」自灯明、法灯明が自分を照らしてくれる。お釈迦様の言葉。「自問自答」の人生しかない。納得していく人生。知識じゃなくて、「今」に生きること。「今」の意識が結果を作る。「見る」だけでわかってくる。
「圧」を高くする。、周りの圧を変えてそのもののいいことを引っ張ってくる。水や空気を変えると全体物が中庸に変化してくる。動いた結果わかってくる。ラジオ嫌いだが何故やってきたのかわからないけど他の人のよいところがわかってきた。世界中の人が聞いているインターネットラジオをやっている。
うただひかるさんプロデュースの男の子の言葉。今までと生活変わらない。この世は仮想現実だなと思う。出したことに接していなくても答えが返ってくる。仮想現実をいかに作り出すか。
ある場所に行くと共鳴する。福沢諭吉は九州に生家がある。純粋な人。共鳴したら福沢諭吉が応援してくれていると感じた。純粋な人としか会わなくなってきた。目の前の人が純粋な人が多くなってきた。
6月2日「空を感じる会」教徒なら庭園に行ってお食事をして集う会の開催。
以上です。
次回のテネモスミーティング名古屋は 7月28日(土)です。
Gさん:リサさんのフェイスブックとても長いが・・・・。世の中に多くいると思う。いい感じだなと思います。今の時代に必要なこと。飯島さんやご縁をいただいたおかげで少しわかるようになって、本当はすべての人がわかっているけれど観念操作で隠されているようデス。お金物質の方が便利でそういう人が増えた。このままではダメだと世界中の人が感じてきた。スイッチを入れるリサさん。物理頭の人が本来の実相の感が湧かないでいる。形のないそこのそこに焦点が当たる。見えないものがあってそれが本体。それが元だということをリサちゃんみたいに感じている。そういった感度を上げて生きたい。
Iさん:ベルギーやインドで再生プラの方法を紹介して喜んでもらえた。親父のプラの方法はあまりない。インドの産廃。15年前のゴミがそこらじゅうで燃え出している。「地球に恩返し」そのことが出来るときがきていて嬉しい。環境省とのマッチング。自動車の解体部品(エアバッグなど)自動車へリサイクルにする。国の補助が出るようになった。困っていることがある。マイクロプラスティック、海の中のプラごみは2050年魚より多くなる。おむつ、生理用品など魚が食べて人間に影響が出る。ヨーロッパはストロー禁止。プラは便利だが地球については困りごと、均衡がこれからの課題。「植物リング」に興味持った。
Iさん:草場さん、陶板の絵素晴らしいです。8000円分はがき大サイズを買いました。
東寺で展覧会があります。4/28~7/1まで。
Yさん:最近色々起こって、水槽から白はえが飛び出たり。「人間のリング」事業を大きくやってきた人は限界を感じる。経済的な得をすると人がくさくなる。いいにおいのする人が増えるといいです。
Iさん:ある意識を持っていると偶然につながる。散歩中、ここ素敵だなと思って店に入ると、今興味あるオカリナのパンフがあった。其のパンフに同級生の名前が。その人のテルミンコンサートに行くと前にオカリナをもらった人がいて、コンサートの同級生と知り合いでみんなが繋がっていた。
バイオリニストがバスに乗っていて、降りる駅で降りずにいたら其の方が隣の席にきた。そのバイオリニストが出前コンサートをすることを知って、オカリナ、バイオリン、テルミンの合同コンサートをすることになった。やりたいと思ったことで人が繋がる。
Aさん:リサちゃんの話「え~~~~。」不思議です。たぶん素直だからだと思う。自分もわかるようになるといいなあと思う。
釘本さん:沖縄にいて、どんどんシンプルになってきている。内に全て答えがあると、だんだんそういう感覚になってきている。
Oさんの実験レポート。すべて一つからものをみれるか。発酵レポート、吸引レポート、エネルギー呼び込みレポートとも言える。エネルギーをいかに呼び込むか。エネルギー視点でものをみれるかが大切。実感を高めるための道具がボトル、ピッコロ、その他。発酵は洗濯ではエネルギーを呼び込む作業が、有機プラス水で洗濯機を動かすとエネルギーが入り発酵する。水だけでもできる。温度が大切。サイクルが大切。サイクルは変化する。どこに落としどころを持ってくるかは感覚。いつも同じようにはよくない。環境が変わるから。
沸騰でサイクルが変わる。沸騰直前で止めるといいかも。発酵と吸引、腐敗と放出。物質を長持ちさせる方法が還元電池。二重構造ボトルでもいい。二重だけでもいい。二回やって切るのもいい。二度焼きもいい。やりすぎると壊れる。どこでサイクルを見て感じるか。どこでサイクルが変わるか。
バンブーをかけた水でやるといい。水がベース。水が細かくそろってくると雑味がなくなる。味に変化がある。水をいい状態にする。バンブーで湧き水ベースとなる。空気も変えると気持ちよくなる。場が出来てくる。道具使わなくてもいい。飯島さんはよく同じ場所におくなといった。場が変わっているから。ピッコロは動かす力。微妙な変化が起きる。じっくりゆっくり作ると成る。こうしたらこうなる。確認しながら進む。ビジョンが先にある。ビジョンを落とし込んで作ってみてそうなったと確認する。意識コントロールで結果確認するとサイクルが変化する。結果が出て始めてわかる。やるかどうかが「素直な人」でないと入ってこない。純粋にいかにものをみれるかを今やっている。純粋だとすぐ結果が出る。沖縄に来て、植物に触れたりする。植物は見ている。人間は神。だから植物は人間を見ている。
それを望んであちらこちらを訪ね歩きました。
それでも長い間に得られないことを幾度も体験し、あきらめていました。
突然にお人の導きによってそれをいただきました。
その場所は美濃白川の大山白山神社でした。
十和田神社での最後の体験から16年の時が過ぎていました。
人は決して一度きりの生ではないと確信をすることはありませんか。?
ある人の初めてのご縁で、初めてでありながら出会いに涙を伴うこと。
またある場所に行ってある地点に立った時に突然におとずれる霊的なふるえ。
そして始めての出逢いで結婚を意識する「一目ぼれ」、などなど。
人生の醍醐味ともいえるこのような体験がヒトとして生へのなつかしさを
思い起こさせます。
同時にお導きいただいたご縁の方とのまた不思議な絆にも感謝が溢れるのです。
そして人生でお会いできるすべての方々のご縁にもひれ伏すのです。