赤池 再々サンゴ実験の10日目

サンゴの最終実験で三日目にはとてもきれいな水になって、
鉄分もお茶のタンニンによるテストでも黒くならずに、
とても少なくなっているか、変質しているかが確認されました。
その後実験を続けていましたが、10日目の朝の様子です。
6日目から水槽のガラス部分に付着したり、底にたまったり
しかけていた鉄分は、まるで生きているかのようにさらに
付着しました。 20Vの交流電圧を水にかけています。
再々サンゴ10日目.jpg
一番きれいだった三日目の水槽です。
再々サンゴ三日目.jpg
そして湧水部分は8日目にはサンゴの上に積もりかけていた
鉄分ですが、10日目にはほぼなくなりました。
20Vの電圧の影響でしょうか。
8日目の湧水部の様子です。
1再々サンゴ8日目.jpg
10日目の湧水部の様子です。
2再々サンゴ10日目.jpg
さらにもう一度水のお茶によるタンニン実験では
やはり鉄分はほぼ検出されません。
再々サンゴ10日目2.jpg

人として生まれて・・・

この数週間の間に、たくさんの方々から
私設飲み会のお声がかかりました。
久しぶりの方、近くの方、久しく断絶していた方、
学区の方などからです。
それで短期間にたくさんのアルコールをいただいたので、
肉体(心臓)が悲鳴を上げていました。
それでこの2日間本当に幾年かぶりにアルコールを口にしませんでした。
すると夕食がとてもたくさんの量になります。
なのにいつもは眠くなるのですが、眠くもならないのです。
今朝午前2時、急に目が醒めまして、何故だか机に向かい
紺色のブックカバーに包まれた本を取り出していました。
森信三先生の「修身教授録」でした。
なにげなく最初のページを開きます。
先生が40歳の頃教員志望の学生に行った講義の
記録です。
一番遅筆の生徒を窓際の前の席に座らせて記録をお願いしました。
そしてその生徒の記録のスピードに合わせて講義を行われました。
昭和12~3年の頃のことです。
戦前の修身といえば何か古臭く感じるのかもしれませんが、
その「修身教授録」にある言葉群は、まぎれもなく現代の
そして未来の人々に行き方の原点を示すものと感じます。
人間の年齢に関わらずです。
第一節は講義をする生徒に向けてのメッセージです。
何故先生と生徒は出会ったのか、そして何故この講義が
開かれたのか。  必然の出逢いを真剣にゆっくりと説いていきます。
講義が終了し、必然という言葉に合点のいかない生徒が
先生に質問します。
「先生私には先生との出逢いが必然とは思えないのですが。」
先生は答えます。
「まあそう思っても一向にかまわないですよ。
諸君たちはまだ若い、私のような年齢になれば
人間の出逢いが必然だと気が付くことでしょうし、
またそのように思ってこれからの人生を生きるか、または思わないで
生きるかでは人生の意義が大きく異なるとおもいますが。」
というようなことをおっしゃって静かに教室を退室されます。
生徒はうわさに聞いていた以上にしっかりとした
重みのある講義に魂を打たれるものが多いようでした。
第二節は「人として生まれて」でした。
私達の周りを見渡せば、雑草だけでもものすごい種類になります。
また動物の種類をあわせると膨大な種類になります。
なのに何故私達は人として生まれたのでしょうか。
誰でも人生一度は人間として生まれたのは何故なのだろうと
疑問を持ち、さまざまな考えをめぐらせます。
しかし人生を経験していくうちにそのような考えは次第に
遠のいていきます。
そして人生のさまざまな雑事に翻弄され、真に人間として
生まれた意義について深く考えることもなく人生を終えます。
人間ならば絶えず自分が人として生まれた意義を心のうちに
秘めながら人生のさまざまな事柄に対処していきたいものと
思います。
文章が少し違っているかもしれませんが、一気に読み進む重い言葉群です。
そして第三節は「この国に生まれて」です。
世界にたくさんの国がある中で、この大和の国に
生まれたというのは何故なのでしょう。
今に至る、親や先祖、そして遠い民族の連綿として
続く血脈が私達の中に流れていることを知らねばならない。
思い出せと言うかのように深夜の心に響きます。
「修身教授録」忘れずに読み進みたい本です。
今回で6度目くらいになりました。
再びの始まりです。

プール活性一ヶ月

6月24日の記事にてプールの活水をはじめたことをお知らせしました。
汚染は酸欠状態  プール活水始まり 2016年06月24日 金曜日
電源トラブルがいろいろあって、機械が安定稼動したのが7月になってからですから、
現在で実験開始から、ちょうど1ヶ月経過いたしました。
25万リットルのプールが、ちいさな力ですこしずつ変わっているようです。

湧水部の変化
6月28日【開始直後】
2016-06-28 07.56.jpg
7月6日【約1週間】
2016-07-06 08.05.jpg
7月18日【20日後】
2016-07-18 10.56.jpg
8月2日【1ヵ月後】
2016-08-02 15.41.jpg
底の汚れがはがれてきています。

神社の池  ちょうど一ヶ月で安定

6月29日に活水を開始して、今日7月29日を迎えました。
湧水部はやはり細かい泥が蓄積浮遊しています。
ですが細かい泥は水に浮遊しながら放水口から
少しずつ出ている様子が確認されました。
放水の量はここしばらく10リットルあたり52秒が
かかっています。
その量はずっと変わっていないのでこのまま
おそらく連続的に稼動していくことでしょう。
神社の池は一応の安定を見ました。

赤池の水 再々サンゴ実験の最終

再々サンゴでのマナウオーターおよびバンブーシステムの
実験は四日目です。
水に照りが出てきて、ガラスの向こうの全ネジの
ステンレス棒のネジまでがはっきりと見えるようになりました。
再々サンゴ四日目.jpg
この水に鉄分はあるかどうかの実験です。
お茶の葉(タンニン)を入れたコップに
この水をいれてみました。
鉄分があれば黒くなりますが、黒くなりません。
(サッポロビールの回し者ではありませんが。)
タンインと赤池.jpg
次にこの水に湧水部のサンゴ(少し鉄分が付着して赤くなっている)を混ぜ
さらに枯葉(タンニン)を入れてみました。
枯葉入れ.jpg
そして枯葉を取り除きました。
枯葉とお茶.jpg
上記のようにややタンニンと反応し黒く濁りましたが、
通常鉄分と混ざりますと真っ黒くなります。
ですからこの黒っぽい濁りでは鉄分がたくさんあるとは
いえません。
したがってこの水には鉄分がないか、少ないか、変質したと考えられます。
赤池の水の実験では、鉄分は細かくなって変質し
活性化された水はほぼ鉄分が認められないと思われます。
実験結果から実際の池での実践結果が待たれます。

神社池の一ヶ月後

神社の池の活性を始めてほぼ一ヶ月が経ちました。
この池は水路で他の池と繋がっていて、その池から
水が流れてきて、溢れた水は水路を通って自然排水されるように
なっています。
元の池には遠くの井戸の水をポンプで上げて
また別の水路を通ってその池に水を流しています。
雨が降らなければ安定していますが、池の淀んだ場所には
臭いがきつい場所がありました。
その臭いは活性化の翌日にはもうなくなって、
一ヵ月後の今でもありません。
まずは初期の目標である「臭いを消す」ことはできました。
最初は毎日のように池や設備を見に行き、
最近では2~3日に一度見に行きます。
大きな雨のあとは池は濁ります。
でもすぐにまた澄んで来ます。
しかしながら池がとても澄んでいるということはなく、
亀や鯉が生態の主体ですから、泥が好きなようです。
バンブーシステムの二箇所は当初と何の変化もなく
エアーが順調に出て、二つのエアーによって起きる
波が互いに干渉しあって、空気振動とともに吸引状態をなしています。
丘の上のマナウオーターシステムの湧水部は
いろんな変化を見せました。
まず9日後の湧水部の状態です。
細かいシルト質の泥が大磯石の上に溜まっていました。
神社シルト.jpg
この泥を一度除去し、もう少し石の面を上げて、細かい泥が
自然に流れ落ちるようにしようと、大磯石を流水口のすぐ下まで
追加しました。
そして17日後の様子です。
泥が石を押し上げるかのように石の上面が持ち上がって
流水口を塞ぐかのような勢いです。
神社26日泥の圧が上昇.jpg
そのために大磯石を廃棄し最初のように流水口の
下面までにしました。
神社石を廃棄.jpg
これで再び様子をみます。
いつもの水路が前夜の長い雨で道路に溢れそうで
水路は濁った水でした。 28日が経過しました。
神社池増水.jpg

テネモス通信VOL.51 イタリアンダイニング柊の岩澤さんのお話とお食事会

2016年6月25日に行ったテネモスイベント
「イタリアンダイニング柊の岩澤さんのお話とお食事会」の映像の
お知らせです。
 岩澤さんは、とことんつきつめている方(進行形)です。
自然の法則に基づいて作られたテネモスの商品を道具として、
使いこなしています。
 使いこなすだけではなく、さらに工夫し、改良しています。
そして、変化を楽しみながら、結果を確認していらっしゃいます。
そして、「法則ってすごいですね。」と、その結果や感じたことを
毎週のようにFAXしてくださいます。
 岩澤さんが、バンブーやアグアを使って処理した食材は、
びっくりするような変化をしています。
 しかし、「マナウォーターを使って掃除をしたら、自分は汚れを落とせるが、
落とせない人もいる。自分が鶏肉を扱うと腐らないが、腐らせてしまう人もいる。
人によって、いろんな結果を生み出す。だから、自分の話は、かもしれない・・
と思って聞いてほしい。
 決して、皆さんにあてはまることではない。こんな人も世の中にいるんだという意味で
聞いてもらいたい。」とおっしゃっています。
 法則を知った人は、結果が条件によって、いかようにも変化する
ということを知っています。
 飯島さんも、例えば、「マナウォーターを使ったら、きれいな水になりますか?」
と聞かれたとき、あたりまえのように「わからない。」と答えていました。
法則という原点を知っているからこその、「わからない。」です。
変化させる方法は知っている。でも、結果は条件によって変わってくる。
やってもないのにわかるわけない。わかると言った時点で、物質志向。
物質を売ろうとするな。原点にかえれ。と常に言っていました。
誰よりもやってきたからこそ、言える「わからない。」です。
圧のかかった「わからない」とも言えます。
 岩澤さんは、「おもてなしさせていただいているだけです。」と言います。
「最近は、野菜も人も何もかもエネルギー不足。でもおもてなしすると、元に戻ります。
元に戻すことがおもてなしで、自分はそれをやっているだけなんです。」
そう語る岩澤さんの目は、とてもあたたかく優しい目です。
慈愛に満ちているというのはこういうことをいうのかなとも思います。
映像の中で、「自分は、死産で生まれて、ずっと体が弱くて、生まれてきたときから
不幸が始まったようだった。」とおっしゃっていますが、そういう人生を送ってきたからこそ、
全てに優しいまなざしを向けることができるのだろうと思います。
そして、みんなエネルギー不足なだけなんだよ。エネルギーを入れてあげれば、
元にもどるんだよ。というおもてなしの心で、料理を作っているのだと思います。
法則を知る人は、愛を知る人だといえるのではないでしょうか。
自然の仕組みという法則は、エネルギーが足りないところがあれば、
瞬時エネルギーを注ぎます。多くも少なくもない。
必要なだけエネルギーが注がれる。
 これからは誰が作ったかが大事になってきます。誰というと、また物質的になって
しまいますので、正確に言うと、どのような意識の人が作ったかです。
 岩澤さんという意識が作った料理は、安心安全でおいしくて
エネルギーもボリュームもたっぷりで、しかも、この内容で、
この値段で本当に大丈夫なのでしょうか・・と思ってしまいます。
メニューの量も豊富。「こんなにたくさんあったら、大変じゃないですか?」と
本当に愚問だったのですが、「仕方ないですよ。湧き上がってくるんですから。」
とおっしゃっていました。
 自然の法則を意識するようになると、すべて1つということに定まってきます。
そして、料理、洗濯、料理など日常生活そのものが、エネルギーを注ぐことに
他ならないということに気が付きます。
 そのような視点でも、映像を見ていただけたらよいなと思います。
ダイジェスト版
プロフィール編
排水(グリストラップ)編
厨房編
ワインセラー編
写真や感想
岩澤さんが教えてくれたそばつゆレシピ