森信三先生の言葉 1~養家が一小作百姓だったので・・

今生ではお会いすることが叶わなかった
森信三先生ですが、そのご著書から
さまざまな生かされるうえでのヒントを
賜りました。

特にご著書「修身教授録」は、時に
目が覚め、時に愕然とし、時に勇気を
いただいています。
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森信三先生の言葉 2~「全一学」は一応智を・・・


 「全一学」は、一応智を表面に出してはいますが、
その背後には情・意があるのです。
 智は比較的教えやすい。ところが情・意
となるとむつかしいですね。情については、
講義の初めに戦前は島木赤彦の歌を、また
戦後は、坂村真民さんの詩を紹介して
来ました。ところが生命の全一をつかんでいるー
つまり知情意の統一されているのが道元であり、
慈雲尊者です。さらに生命の全一をつかんで
現実の大地に立ったのが尊徳といえるでしょうね。
また、いのちを「孝」の一点に燃焼させて
全一をつかんでいるのが藤樹先生でしょうね。

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森信三先生の言葉 3~死後のことは分かりません。・・・

 死後のことは分かりません。わたくしは、
死後は生まれる前のいのちのふる里へ
還るものと信じています。しかし論証は
できません。それゆえ生きている間は、
お互いに精いっぱい生きなければなるまいと
思っています。わたくしの申す「人生二度なし」
というのはそこから生まれたコトバです。
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森信三先生の言葉 4~わたくしの宗教はある意味で・・

 わたくしの宗教はある意味では
「拝花宗」ともいえましょう。
ある冬のこと鉢植えの梅の木に
一輪の白い花が咲いたのを見て、
思わず合掌しましたが、全く初めての
体験です。道元の「正法眼蔵」に「精華」
という章がありますが、日本人にとって
宇宙的生命を端的に納得領解しやすいのは、
花であり、ついでは山河自然なのでしょう。

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森信三先生の言葉 5~精神というものは、それが真に・・

 

精神というものは、それが真に伸びるためには、
必ず何らかの意味において、一種の否定を
通らねばなりません。この否定という浄化作用、
すなわち自己反省というものを通らずに
伸びたのは、精神としては、真に伸びた
のではなて、かえって度の過ぎたものとして、
結局欠点となるわけです。すなわち、人間の
性格上の問題としては、自分の欠点を反省して
これを除くという努力が、じつはそのまま
長所を伸ばすことになるわけです。

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森信三先生の言葉 6~人生を深く生きるということは・・

 人生を深く生きるということは、
自分の悩みや苦しみの意味を深く
噛みしめることによって、かような
苦しみは、必ずしも自分一人だけのもの
ではなくて、多くの人々がひとしく
悩み苦しみつつあるのだ、ということが
解るようになることではないかと
思うのです。
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森信三先生の言葉 7~すべて物事は、最上のものは一歩を・・・

 すべて物事は、最上のものは一歩を誤れば、
最下に堕するのが常です。
これは二階へ上がる梯子は、一段目から
落ちたのでは何でもないが、一番上の段から
落ちたら大けがをするのと同じようなものです。
同時にまた、外面的には最下と見えるものの中にも、
内面的には、最高の意義の宿されている場合が
少なくないのです。かくして諸君の前に
置かれている分岐点は、名実共に最下なる
ものに宿るか、それとも最下なるものを
通して人生の最高処に到るか、その何れか
だといってよいでしょう。

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 一人の卓れた人格というものは、決して
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森信三先生の言葉 8~一生を真に充実して生きる道は・・・

 一生を真に充実して生きる道は、結局「今日」と
いう一日を真に充実して生きる外ないでしょう。
実さい一日が一生の縮図です。
われわれに一日という日が与えられ、そこに
昼夜があるということは、二度と繰り返すことの
ないこの人生という流れの中にあるわたしたちを
憐れんで、神がその縮図を誰にもよくわかる
ように示されつつあるものといえましょう。
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