いきなり朝起きたら目が充血していました。
それが令和7年の2月23日の朝。
いろんなことで炎症を止めたいものと
試しました。
今朝27日、昨日の夢で竹瀝はどうかと来ましたので、
150倍を思い切って目にスプレー。
10時くらいにしましたら12時にはうそのように
血の充血が消えていました。
4日間目の中に張り付いていた血糊です。
ほんとうに嘘みたい。
さすが昭和天皇様が愛した竹瀝です。
再生大和 霞の中にて活動する
いきなり朝起きたら目が充血していました。
それが令和7年の2月23日の朝。
いろんなことで炎症を止めたいものと
試しました。
今朝27日、昨日の夢で竹瀝はどうかと来ましたので、
150倍を思い切って目にスプレー。
10時くらいにしましたら12時にはうそのように
血の充血が消えていました。
4日間目の中に張り付いていた血糊です。
ほんとうに嘘みたい。
さすが昭和天皇様が愛した竹瀝です。
今日と言う日は令和3年3月29日です。
令和2年の出来事を思い出しています。
昨年は人生でもかなりの激動を感じた年となりました。
1月初め、実兄の逝去。
2月末、潰瘍性出血での緊急入院。
9月、沖縄での、酔っ払いの転倒による右手薬指を
縦に真っすぐ裂傷。薬指の指先は骨折。
傷は癒えましたが、指先は今もしびれています。
“再録 「竹のものがたり」 その1~それはお人の勘違いから始まりました。” の続きを読む
中江藤樹は故郷に戻り、父の目指した「処士」の
道へと歩き始めます。
まず武士の魂と言われる剣を脇差とともに、
始めての出会いからすぐに同志というか、お弟子に
なった馬方に頼みます。
藤樹は「すべてお酒を買ってきてください」と依頼します。
「?」マークの馬方は、剣を10両で売り払い、
半分の5両で酒を買い、半分は生活費にとそのまま持参します。
実はこのように行動した馬方がのちの勘違いの話の
主人公となるのです。
名は又左衛門と言いました。
“再録 「竹のものがたり」 その2~中江藤樹 故郷での最初の講義” の続きを読む
故郷で学問を民衆とともに学び始めた藤樹は
昔母に言われた掃き掃除を思い出します。
家の前の掃き掃除を毎日毎日朝暗いうちから始めます。
そして村のこととて、隣の家は遠いのですがそこまでの
道や隣の家の前まで掃除をします。
ある朝、道を掃き終わったかれは、じっと門の前を
流れる溝の水を眺めます。
そこに馬のいななきと共に、又左衛門がやってきます。
“再録「竹のものがたり」 その3~鯉と盆栽” の続きを読む
お話には勘違いがありますね。
こちらはしょっちゅう勘違いしています。
中江藤樹の最初の弟子となった馬方又左衛門の行為は
とても有名なお話です。
このお話に出てくる飛脚と、馬方と、武士のうち
武士の名前の勘違いが今回の「竹のものがたり」の
きっかけとなりました。
“再録 竹のものがたり その4~馬方又左衛門の行為” の続きを読む
なかなか「竹のものがたり」にたどり着けませんね。(笑)
2月の中旬に、なんだか少し興奮しながら、
娘の真由美が家でしゃべっています。
「この竹の炭すごいんだわ。
炭塩とか、笹の炭とか、竹酢とか
試してみようと思って取り寄せたの。
あと洗濯とか竹酢でやってみたりしてみる。
この炭の塩おいしいんだわ~。」
だいぶ興奮しています。
“再録 「竹のものがたり」 その5~竹を担いで持ってきた女性” の続きを読む
自分が生まれ出たときに、与えられた名前は
森本 正孝 です。
名は役割かどうかわかりませんが、
兄の正は確かに「正義の人」でした。
自分はと言えば、正しく「孝」を行う人。?
ただ正しいとは何かはわかりません。
正しいといえば、邪がすぐ浮かびます。
人生上ではかなり邪も多かったので、正しくは
しっくりきません。
むしろ「公平」がしっくりきます。
この「竹のものがたり」の後半にご縁をいただく、
熊ちゃんこと「岩熊裕明」さんも実は「公平」を
旨とされていました。
父はいず、母は忙しく、親から何かを強制されたり
教えられたりは皆無です。
ですからすべてのことを自分で考えて行ったり、決断するしかない。
“再録 「竹のものがたり」 その6~藤樹書院を訪ねて” の続きを読む
感慨に浸りながら。藤樹書院を辞去したあと、教えていただいた
中江家の墓を詣でました。
儒教式の墓には元来はっきりとした銘はなく、
ただお骨のある場所に、小山のように土を盛るのみ。
そして小さな墓標があるのみだったようです。
ですから最初はどれが誰のお墓かわからなかった。
60歳になった熊沢蕃山が藤樹のお墓に詣でます。